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日記、映画&本のレビュー、ネタぽろりなど。自由に不定期更新中。 更新報告も行います。
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※後日アップ予定

「…儂が殺したことは誰も知らなかった…でも誰が知らなくても儂自身は知っている。何度も何度も夢に見た…」
明るい夏の森の中で、
水音絶えぬ川の真ん中に、
飲み込まれて行く白い手の親友を。
忘れるはずが、ない。
「結局死体は見つからなかった。儂は怖くて本当のことを話せなかった。周りもそれを信じて、やがて捜索は打ち切られた…だから儂も、死んだものと信じてようよう暮らしこの年まで生きてきた。だが…」
「蒼い蝶、か…」
快斗はそっと尋ねました。
老人は力無く頷きました。
「噂を初めて耳にしたときは気がつかんかった。蝶自体の伝説は古くからある。そこに人が加わったのは最近のことだ。だが、詳しく話を聞けば、どうしても似ている気がしてならない。ならば、この目でしかと確かめようと思ったのだ…」
そして幾年もの年月がたつ間に、老人は焦るようになりました。
なんとしてでも会いたい。確かめたい。
本当に、工藤新一がいるのかどうかを。
手段を選んではいられない。
早く、早く。
そしてその思いが莫大な賞金をかけた蒼い蝶の情報となったのです。
そして快斗や白馬が加わることとなった捕獲劇へとつながることにもなりました。

一人の老人の執念です。

「やっと…確かめられる…」
よろよろと牢に近づいた老人は中にいる新一の顔を見ると立ち尽くしました。
新一はいつの間にか、じっと目を開いて老人を静かに見返していました。
二人の間には沈黙が横たわり、痛いような緊張した空気が伝わってきます。

「あぁ…」

それを破ったのは老人でした。
吐息のように声を漏らすと、それが引き金になったように両目から涙の跡が幾筋も幾筋も流れて頬を濡らしました。

「やっぱり、お前やったんやな…」

激しくなる嗚咽の合間に彼はその場に座り込み、途切れ途切れに囁きました。
その姿はまるで懺悔の祈りを捧げる信徒の姿を見ているようでした。
対する新一は瞬きひとつ分の時間をおいて、口を開きました。

「…そうだよ、服部」
弾かれたように見上げた老人は、間近にある新一の顔に震える手を伸ばしました。しかし、手がふれる直前に躊躇うように止まります。
「本当に…お前、工藤なんやな…」
確認するように問うた老人に、工藤と呼ばれた彼は静かに答えました。
「…長い間待たせたな。そうだ、俺はお前に会いに来た」

新たな沈黙がその場に落ちました。
誰もが破れないその空気を再び動かしたのは新一でした。

「白馬…といったか、呪をといてくれないか」
「あ…はい」
不意に話しかけられた白馬は慌てたようにすでに鍵のかかっていない牢を開け、中に入り新一の身体を拘束している縄に何事かを囁きながら触れました。見る間に縄は解けていき、新一は自由の身になりました。
縄がとけた瞬間、濃密な「何か」が新一の身体を中心にあたりに放射状に広がったように快斗たちは感じました。不可視のそれは妖の力でしょうか、人体に仇するものではなさそうです。
座り込んで縄が解かれる様子を見ていた老人は新一が彼の前に膝を折り近づいたことで微かに身を震わせました。
そんな老人を見つめて、新一はふと頭を垂れてつぶやきました。
「服部…俺は、ずっとお前に謝りたかったんだ」
「…なんやて…」
老人は驚きに目を見はりました。
快斗たちも同様に息を飲みます。
彼は…老人の独白によれば、過失致死したのではなかったのでしょうか?
「あの日、俺はお前に考え無しの発言をしてしまった。俺が川に落ちて、お前のことだから気に病んでるんじゃないかと…この50年、気になって仕方なかった。
引き金を引いてしまったのは、俺だ。ごめんな…服部」
「何を…俺の方こそあやまらなあかん。俺の…俺が突き飛ばしたせいで、お前の命が…お前を殺したのは俺や。本当に、すまないと…」
新一はゆるゆると首を振り、謝罪を遮りました。
「違うんだ、服部…。俺はお前に殺されてなんかいない。俺は川でおぼれて死んだんじゃないんだ」

「え…?」

その言葉に、その場の全員が衝撃を受けました。



*****



「あのとき、俺は川に落ちて溺れた。あと少しのところで、お前の手を掴めなかった。最後にお前の顔を見たのを今でも覚えてる…」泣きそうな顔をしていました。必死で助けようと手を伸ばしてくる姿にもう大丈夫かと思ったのです。
しかし次の瞬間彼らの手は繋がれることはなく、別々に水流に飲み込まれました。上も下も、右も左もわからない水の中でもがいてみたものの、元から体力がそうあるわけでもない新一が力尽きるのは時間の問題でした。やがて引きずり込まれる強い力と衝撃は同時に来ました。意識を失う一瞬前、両親とあの子、そして平治の顔をちらりと思いました。


自分で言うのもなんだけれど、助かるとは思っていませんでした。河は見た目の割に流れが速く、しかも滝がいくつもあることを知っていたからです。だから川岸に引っかかるようにして倒れこんでいた自分に気がついたとき、喜ぶよりも、驚きが勝っていました。
「しんじらんね…生きてる、のか」
そう呟いて身を起こし、頭を振って今の状況を整理しようとしました。
そして、最後に見た親友の顔を思い出しました。

「…行かなきゃ」
あちこち打ち身は作っていますが、歩けないほどではありません。新一は急いで立ち上がり、村の方向と思われる方へ歩き出しました。身体は痛むけれど、それよりも、会わなければ。
あいつに。会って。誤解を、解かなければ。

がくり、と膝が折れて新一はその場にしゃがみこみました。
息が完全に上がって、ただでさえ水流に揉まれて体力の落ちた身体は酷使に悲鳴を上げていました。
荒い息づかいを繰り返し、再び少し進んだ新一でしたが、いくらも歩かないうちにまた歩けなくなってしまいます。
そんなとき、彼の目の前を何か光るものが横切りました。
「あ…」
『それ』は蒼い燐光を放つ蝶、でした。
幻とされ、それを見た者は幸せになると言う伝説の蝶です。
蝶はひらひらと新一の周りを舞い、彼が少しでも手を動かせば触れられるところにまで来さえしました。
新一は今自分の置かれている状況を忘れるくらい、蝶に見とれていました。
もう少し、手を伸ばすだけでよいのです。そうすれば…
「…ぉ…」
どこからか、木霊のような、風の音のような誰かの叫びであるような声が彼を我に返しました。
蒼い蝶は表れたときと同じように前触れもなく視界から消えていました。辺りに響く木々のざわめきや、遠い滝の音が戻ってきます。
「…っ」
力を振り絞り、もう一度立ちます。新一は再び歩き出しました。視界の端に飛び回る蒼い光を見た気がしましたが、しっかり見つめようとはもう思いませんでした。頭にあるのは早く帰らなければという思いだけでした。
辺りは少しずつ夕方の気配に染まり、注意していないとすぐに足元をとられそうでした。新一はもちろん森を歩き慣れていましたから多少速度を落としてもなんとか歩き続けていました。しかしある瞬間、流れる汗を拭おうとしたほんの一瞬に普段なら何でもないような木の根に足を取られて彼は倒れ込みました。
「っ!」
運悪く倒れた拍子に手を突いた地面が崩れました。彼は痛みを感じる間もなく更に転がり、深いところへ落ちていきました。
再び目を開けたとき、思いがけずに夜空が見えました。揺れていた視界がゆっくりと戻ってきた頃、その夜空が遠いことや全身を貫く鋭い痛みに気がつきました。
「…」
右手を持ち上げようとした瞬間に走った痛み、顔に流れる温かいもの、それら全てが一つのことを告げていました。
自分は、ここで、死ぬのです。

地面に空いた深い穴の底で、誰にも知られず、誰にも伝えられず、恐らくはそう遠くない先で。

「ああ…」

新一は嘆息しました。涙が頬を伝いました。

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